私は天使なんかじゃない








ワーナーからの依頼






  その男、ピットから来た男。
  彼は語る。
  ピットの街の現状を。

  それは大きな騒乱の始まりだと、まだ私は気付いていなかった。
  私はまだ……。





  「俺は遥か北西の街ピットからやって来たんだが……あの街のありのままの状況を話そう」
  「……」
  聞くつもりはなかった。
  聞くつもりはないのだよ、別に。ただこいつが、ワーナーと名乗るこの眼帯男が勝手に私の隣に座り、勝手に私に語り掛けているに過ぎない。
  無視してもしつこい。
  座る場所を変えてもこいつも移動してくるし。
  あと、ついでに護衛のジェリコもね。
  煩わしい。
  ゴブとノヴァ姉さんは『ご愁傷様です』という微妙な笑みを浮かべていた。
  まあ、年中行事ですね。
  トラブルは。
  やれやれだぜー。
  私はワーナーとは視線を交えずにお酒を飲んでるけど耳は彼の話を正確に吸収していた。
  何故?
  だって、やっぱり気になる。
  ピットなんて街は聞いた事がない。そりゃそうだ。ウェイストランドとは別の地にある街らしいし。
  そういう意味合いでは興味がある。
  まあ、関るかどうかは別問題だけどさ。
  ワーナーは勝手に話し続ける。
  面倒といえば面倒。
  ふぅ。
  よくよく私はトラブルに縁があるらしい。
  「あの街は悪夢さ。……放射能、ミュータント、疫病……だけど一番の悪夢はわずかに生き残った仲間達が奴隷だって事さ」
  「奴隷?」
  最近よく聞くワードだなぁ。
  もしかしたらパラダイス・フォールズの奴隷商人絡みだろうか?
  「何だそんな事かって思ってるな?」
  「別に」
  「こんな世界だけど、出来れば彼らを解放してやりたい。その為には助けが必要なんだ」
  「あんたは? 何もしないの?」
  「俺は……駄目なんだ」
  「何故?」
  「治療法があるのを知ってしまったからさ。あの街で活動する前に、街に入った時点で殺される。お尋ね者なんだよ」
  「治療法って何?」
  「ピットの住人は皆、病気で死に掛けてるが……死ぬより悲惨な事になっている。水と空気の所為さ。どうにもならない」
  「ふぅん」
  それにしてはこいつは元気よね。
  治療法のお陰だろうか?
  「あの街に数年暮らせば誰だって病気になる。だけど、街を牛耳ってる連中が病気の治療法を発見したんだ。……完成してしまえばそれこそ奴らの
  天下になる。だからそいつを奪って俺達の解放を条件に、交渉するのさっ!」
  「ふぅん」
  つまり?
  つまりまだ治療法は確立されていないってわけか。
  こいつが元気になのは、おそらく、まだピットという街に長く住んでいないのか……もしくは栄養状態がいいのか。
  まあどっちでもいいけど。
  ただ話の流れはワーナーの思惑通りに進んでいるのは確かだ。
  私はそもそもこんな厄介望んでない。
  だけど会話の流れだけを見ると既に関る前提にまで及んでいる気がする。もちろんまだ軌道修正出来る。そして関わるつもりはない。
  興味深い話ではある。
  それでもそれはあくまで情報としてだけであって、関わろうという考えは毛頭ない。
  厄介はキャピタル・ウェイストランドだけで充分だ。
  ……。
  ……ま、まあ、キャピタル・ウェイストランドの厄介も必要ないですけどねー。
  私はパパと静かに暮らせればそれでいいわけで。
  さて。
  「君の事は知っているよ」
  「私を?」
  「赤毛の冒険者、だろう?」
  「名乗ったつもりはないけどね」
  「君が手を貸してくれたら百人力だ。どんなに心強い事かっ!」
  「何故自分でやらない? ……気に入らないなぁ、なんかさ」
  「言っただろ。治療法を知ってる俺は連中にとって危険な存在だ。俺がここに来たのは外部の助けが必要だったからさ。赤毛の冒険者の噂は俺も知って
  いる。君に会えたのは神のお導きだろう。必要なんだよ。使命を果たせる力を持つ、お前のような存在がな」
  「断る」
  「な、何?」
  「……」
  沈黙が訪れる。
  横目でワーナーを見た。彼はジェリコを見ながら首を横に振った。
  ふぅん。
  手伝わないつもりなら実力行使前提ですか?
  ますます気に食わない。
  依頼人の人柄を信用出来る出来ない以前に『全て丸投げ』的な考えが気に食わない。それにわざわざ手の届かない範囲の厄介に首を突っ込むつもりはない。
  私は天使なんかじゃない。
  全てを救えるとは思ってないし思い上がってもない。
  しばらく沈黙が続く。
  「ピットはアッシャーという男に支配されている。恐ろしい男で誰も奴には歯向かわない。……俺を除いてはな」
  「……」
  ワーナーは口調を改めて、陽気な口調で話を再会する。
  ふぅん。
  別の攻め口から私を口説き落とすつもりか。
  なびく事はないですけどね。
  悪いけどさ。
  「依頼というのは、ピットに潜り込んでアッシャーに近付き、治療法を盗み出してくれ。なっ? 簡単だろ?」
  「どうやって潜り込むわけ?」
  「奴隷になれば簡単だ。正確には変装だな。……奴隷の服に関しては問題ない。丁度奴隷商人の市場の場所を知っている。服はそこで入手できるはずだ」
  「はぁ」
  聞き返すんじゃなかった。
  こいつが奴隷商人の回し者じゃない可能性はゼロではないのだ。
  私を狙う敵は多い。
  タロン社、レイダー、奴隷商人。
  スーパーミュータントは……まあ、敵対はしてるけど、人間を使ってるとは考えられないからワーナーはスーパーミュータントの手下って可能性はないだろう。
  だけど。
  だけど、いずれにしても信用は出来ない。
  悪いけどね。
  「断る」
  「な、何?」
  やはり気に食わない。
  なんだろ。
  こいつの胡散臭さは。何というか……謀略家な雰囲気が気に食わない、のかな。
  どっちにしろ好きなタイプではない。
  ……。
  ……まあ、好きになる必要はないんだけどさ。
  話はここで終わりだ。
  ただ、こいつの話はまるで無駄というわけではない。一応はレギュレーターだし、最近はユニオンテンプルとの親交もある。奴隷商人とはますます因縁が
  深まっているわけだから叩ける内に叩くのが上策。奴隷市場、潰しとするか。
  ごくり。
  お酒を飲み干す。
  「とりあえず奴隷の解放はするけど、あとの事は自分でどうぞ。私を巻き込むな」
  「何でもいいさ。ともかく、その市場には向かうんだろ? そこまでの道のりの中でもう一度考えてくれ。英雄ぶってる時間はない、市場終わっちまうぜ?」
  「ゴブ、お勘定」
  ジャラリ。
  テーブルにキャップを置く。
  家に戻るとしよう。
  アンカレッジ戦争記念館から戻ってきたばかりで体が疲れてるけど……奴隷市場を潰すのは必要だ。
  奴隷商人の本拠地はパラダイス・フォールズ。
  いきなりそこは潰せない。
  だから。
  だから1つずつ拠点を潰していく必要がある。ダイレクトに本拠地を潰せない以上はこの手が最善であり最適だ。色々な組織と因縁を深めるのは疲
  れる。そろそろどれかの組織に退場してもらわないとね。
  奴隷市場襲撃はその一環だ。
  別にワーナーの口車に乗ったつもりはない。乗るつもりもない。
  行った先が罠なら?
  その時はその時だ。
  この眼帯男の性格を見極める良い材料になるだろうさ。
  グリン・フィスは声を掛ければすぐに同行してくれる、クリスチームはどうかな?
  彼女らの援助も求めないとね。
  「それで奴隷市場はどこ?」